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富山地方裁判所高岡支部 昭和47年(ワ)28号 判決 1973年3月29日

原告 高岡信用金庫

右代表理事 堺幸一

右代理人弁護士 正力喜之助

右同 樋爪勇

被告 曽根松吉

被告 曽根幸作

被告 中島文作

被告 東海豊吉

右代理人弁護士 松波淳一

主文

一、被告曽根松吉、同曽根幸作、同中島文作は原告に対し連帯して金三、一四一、一五八円およびこれに対する被告曽根松吉は昭和四七年四月二〇日から、同曽根幸作、同中島文作は同年三月九日から各右完済にいたる迄年一割八分二厘五毛の割合による金員を支払え。

二、原告の被告東海豊吉に対する請求を棄却する。

三、訴訟費用は、原告と被告東海豊吉との間においては、全部原告の負担とし、原告とその余の被告らとの間においては、原告に生じた費用の四分の三を同被告らの負担とし、その余は各自の負担とする。

四、この判決は、第一項に限りかりに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告らは原告に対し連帯して金三、一四一、一五八円およびこれに対する被告曽根松吉は昭和四七年四月二〇日から、同曽根幸作、同中島文作は同年三月九日から、同東海豊吉は同年同月一〇日から各完済にいたる迄年一割八分二厘五毛の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用被告ら負担。

三、仮執行宣言。

第二、請求の趣旨に対する答弁

被告曽根幸作、同中島文作、同東海豊吉請求棄却(被告東海は訴訟費用原告負担を付加)。

第三、請求の原因

一、原告は昭和四〇年四月一日被告曽根松吉(以下被告松吉という)と左記のような手形取引約定契約を締結し、被告曽根幸作、同中島文作は同日右契約に基く被告松吉の債務の連帯保証人となり、更に被告東海豊吉は昭和四一年五月一七日右同様の連帯保証人となった。

(一)  (適用範囲)被告松吉振出、引受、裏書、保証に係る手形で原告に於て現在並に将来取得したもの。

(二)  (損害金)手形債務不履行の場合は百円につき一日五銭の割合を以て損害金を支払う。

(三)  時効により手形上の権利が消滅した場合と雖、被告松吉は手形額面と同様の債務を負担し、損害金と共に直ちに弁済する。

二、被告松吉の振出、裏書に係る手形であって、原告の所持するものは別表のとおりであるが、いずれも時効により手形上の権利が消滅したものであるが、前記約定に基き、被告らは手形面額と同様の債務を負担し、損害金と共に直ちに弁済しなければならない義務を負っているのに、これを履行しないので別表記載の内入弁済を控除した金額について本訴に及んだ次第である。

三、なお、前記約定は次に述べる理由で有効であって、民法一四六条に牴触するものではない。

1、民法一四六条が時効の利益を予め放棄することを禁じたのは、事前の放棄を認めると、債権者がその優位な立場を利用して、債務者を圧迫して時効の利益を予め放棄させ、その結果、期間の経過に法が与えた効果を私人が無視し、排除することになるからであるが、本件特約は以下に述べる様に債務者の利益を害することなく、又時効制度を無視せず、形式的制約の結果、生じる債権者の正当な権利への侵害を排除するに過ぎないものであるから、実質的には民法一四六条に触れるものではない。

2、本件契約の当時、原告を含めた金融機関のほとんどは、金員を貸付けるに際し、本件のような手形取引約定書のみを使用し、手形貸付又は手形割引の方法により手形を利用する事による担保価値の増大をはかるとともに債務者への金員の貸付を容易なものとしていた。手形割引の性質については争いのあるところであるが、わが国内で流通している手形には相当不渡となるものが存在し、金融機関においては割引にあたり、貸付に際するとほとんど同一の程度に割引依頼人の信用を調査し、その際の特約は手形貸付のそれと実質的に全く差異がなく、手形貸付も手形割引も手形を利用した融資方法として取扱うのがほとんどの金融機関の例であり、そのため手形貸付の場合に手形債権の他に貸金債権が並存するのと同じように手形割引の場合には買戻請求権が事実上の慣習として認められていた。従って、本件特約の有効性を考えるにはこの実質的な原因関係を無視することは許されないのである。

3、ところで、手形法七〇条、七七条一項八号によれば振出人、裏書人の責任には短期消滅時効が定められているが、この規定をそのまま適用するとすれば、右の期間経過後は手形取引約定書による種々の特約の適用がなくなり、前述した手形貸付の場合の貸金債権、手形割引の場合の買戻請求権を律する特約がなくなることになり、右の各債権によれば、手形の場合より長期の時効期間があるのに、たまたま手形取引約定書しか使用しない慣行から手形を利用したばかりに、これより短い期間で右取引約定の適用が失われるということは、本件特約が存在することによって債務者たる被告らの蒙る不利益に比べると、債権者たる原告に著しい不利益を与えることになる。そこで当時の金融機関においては、本件特約の入った約定書を使用することによって貸金債権又は買戻請求権の時効消滅するまでの期間、手形取引約定書の約定の適用を得ようとしたものである。

4、よって、本件特約は債務者たる被告らに絶対的に時効の利益を予め放棄させたものではなく、その手形の原因関係に手形取引約定の効果を及ぼさせようという実質的な目的のため設けられたものであって、債務者たる被告らに不利益を与えず、又時効制度を無視することにもならないから有効なものである。

第四、請求の原因に対する答弁

一、被告曽根幸作

請求原因事実は全部認める。

二、被告中島文作

1、請求原因第一項は否認。但し、被告松吉に頼まれて、手形取引約定書に印鑑を押したことは認める。

2、同第二項は不知。

三、被告東海豊吉

1、請求原因第一項のうち、被告東海に関する部分は否認し、その余は不知。

2、同第二項のうち、時効により手形上の権利が消滅した事実を援用し、原告主張の特約は民法一四六条を潜脱せんとする脱法行為であり無効である。

3、しかも右約定は手形取引約定書の一項目として不動文字で印刷されていて、金融をうける経済的に弱い立場にある者としては一括してこれを承認するほかないことが認められるばかりではなく金融を与える側としては専門家が揃っており、相当な注意を払っておれば、消滅時効の完成を容易に防ぎうるにかかわらず債権者としてとるべき時効中断の措置を怠って時効が完成しても自ら何らの不利益を蒙らない結果となり、このような約定は時効制限を設けた趣旨に反するもので無効であるといわねばならない。

4、この理は、同様右金融をうける者の保証人にも妥当するものというべく、更には本件被告東海らの如く往々にして保証人たるものは金融のみを知って約定書の内容の説明をうけないまま書面に署名捺印するものであって、かかる場合に本特約の記載は正しく例文的価値しかないものというべきである。

第五、被告松吉

同被告は公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

第六、証拠関係≪省略≫

理由

一、曽根松吉の関係

≪証拠省略≫によれば、原告が松吉に対し請求原因第二項のとおりの金員の手形による貸付をした事実が認められる。

二、曽根幸作の関係

請求原因事実につき当事者間に争いがない。

三、中島文作の関係

≪証拠省略≫によれば、請求原因第一、二項の事実が認められ(る)。≪証拠判断省略≫

四、東海豊吉の関係

1、≪証拠省略≫によれば原告と同被告との間に於て被告松吉の債務につき連帯保証をなす旨の契約がなされた事実が認められる。

≪証拠判断省略≫

2、≪証拠省略≫によれば原告が被告松吉に対し請求原因第二項のとおりの手形債権を取得した事実が認められる。

3、右手形債権が時効により消滅したことについては当事者間に争いがない。そこで、請求原因第一項の(三)の約定の効力について考える。

民法一四六条は公益ならびに経済的弱者の立場にある債務者保護のための強行法規であり、当事者がこれに反した内容の約定を結んでも効力を生じないものと解すべきものであり、この理は一般債権についてであると手形債権であるとによって異なるところはない。

右特約は、直接には時効の利益を予め放棄した文言とは言えないかも知れないが、これにより、債務者をして、手形債務につき時効を援用してもそれと同額の債務を請求されれば援用をしないのと同じ結果になるものとして、その時効の援用を断念せざるを得なくさせるものであるから、実質的に時効の利益を予め放棄するのと何ら異なるところなく、これは前記法条により禁ぜられるところであるといわねばならない。

原告は、本件特約は、債務者たる被告らに絶対的に時効の利益を予め放棄させたものでなく、本件特約の入った約定書を用いることによって貸金債権又は買戻請求権の時効消滅するまでの期間、手形取引約定書の約定の適用を得ようとする趣旨のものであると主張するが、(1)右約定の内容から直ちに右主張の如き趣旨のものであると解することはできないのみならず、(2)仮に、そう解し得たとしても、右特約により少なくとも右原因債権が時効消滅する迄の間、手形債務の時効期間を延長することになり、手形債務につきその性質上他の一般債権より時効期間を短くした立法趣旨に反し、かつ、いわば相対的にあらかじめ時効の利益を放棄させることになるから、矢張り同条に反するものと言わねばならない。(3)また、原因債権について保証をしたとは認められない者に対して右債権の存在をもって特約を有効たらしめる理由とすることは当を得ない。

よって、右約定は、同被告に対する関係では効力を有しない。

五、以上の理由により東海豊吉を除くその余の被告らは原告に対し連帯して三、一四一、一五八円およびこれに対する本件訴状が各被告らに送達された日の翌日であることが記録上明らかな日(被告松吉につき昭和四七年四月二〇日、同曽根幸作、同中島文作につき同年三月九日)から右各完済にいたる迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきであり、原告の同被告らに対する請求は全て理由があるからこれを認容し、被告東海豊吉に対する請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福井欣也)

<以下省略>

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